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地域循環共生圏を知ろう

地域の持つエネルギーを結集し、経済活動と環境保全を両立する『鹿島モデル』ができるまで

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江島 美央さん:佐賀県鹿島市役所 建設環境部 環境下水道課課長補佐 兼 ラムサール条約推進室室長補佐(写真右)
柳原 暁さん:環境省地域循環共生圏づくりプラットフォーム構築事業 ローカルSDGs事業統括アドバイザー(写真左)
江島:

鹿島市役所ラムサール条約推進室のミッションは、鹿島の森里川海や干潟の保全、つまり鹿島の環境全部を守ることを通じて、最終的には有明海を保護することです。

私たちが地域循環共生圏づくりに取り組み始めて、今年で7年目になります。

取り組みを始めた当初は、何をするにも全て私たち職員が企画し、手と身体を動かしていました。海岸清掃をする時も、地域の皆さんにお1人ずつお誘いしてなんとかやってきたという状況で。

今では地域の中に仲間が増え、SDGsパートナーと協力しながら活動を行えるようになりました。先日開催した海岸清掃イベントには、150人もの人が集まってくれました(参考:令和3年10月31日開催ガタピカイベント

柳原:

私はアドバイザーという立場で、鹿島市の取り組みの支援をしています。

先ほど江島さんから、当初は協力者・主体者が少なかったというお話しがありました。そんな行政主導の取り組みを、地元企業や市民の皆さんに参画いただき、鹿島市の環境にとってインパクトの大きなものにしていくための仕組みづくりをサポートしています。

「環境のための取り組みが、地域の価値に還元されていない」孤軍奮闘からはじまった、ラムサール条約推進室の取り組み

江島:

「肥前鹿島干潟」がラムサール条約湿地に登録されたのは、平成27年5月です。その後、平成28年にラムサール条約推進室が発足しました。

ラムサール条約の目標は水鳥とその生息地である湿地を守ることにあり、それには地域の森里川海全てが関係します。そのため、市役所のあらゆる部署が関係するのですが、発足当初は役所内でも「ラムサール条約推進室って何をするところなの?」という反応でした。

私は、ラムサール条約推進室が発足した平成28年に異動しました。そこで知ったのはラムサール条約をはじめとする環境のための取り組みが、地域の皆さんにとってわかりやすい価値として還元されていないという事実です。

例えば、ラムサール条約に登録したことで関連するイベントが増えたのですが、そのために地域の方が土日もなく働いているのに、地域の皆さんにはお金が還元される仕組みができていなかった。

また、海岸清掃にもボランティアという形で沢山の協力をいただいているのに、地元の皆さんにお金をお渡しすることができていなかった。

特に印象的だったのが、就任して2〜3ヶ月経った頃に漁協の皆さんとお会いした時に聞いたお話です。

ラムサール条約は水鳥の生息地を守る条約なので、カモを保護する必要があります。ですが、そのカモは有明海で育てている海苔を食べてしまう。このことについて、漁協の皆さんから困惑の声をいただいたんです。

カモの食害自体は、ラムサール条約に登録する以前からありました。ですが、ちょうどその頃から有明海の環境が悪化して海苔の収穫量が減っていたこともあり、漁協の皆さんもやるせない想いが募っていました。

こんな実態を知った時から、「環境にも良い取り組みをしながら、地域にお金を還元する仕組みをつくりたい」と強く思うようになりました。

新しい部署は、自分たちでやることをつくっていかなくてはいけません。そんな中で、「私のやることが見つかった!」という気持ちでした。

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基金・補助金頼りではなく、経済活動としての環境保全を。きっかけになった、カモのLED誘導実証実験

柳原:

私が鹿島市のサポートを始めたのは、先ほどのカモの食害のお話しを江島さんから伺ったことがきっかけです。「カモを傷付けることなく、効果的に食害を減らしたい」そのために、「カモを安全に誘導するようなテクノロジーがないか」という相談でした。

パイフォトニクス株式会社というスタートアップ企業が、ムクドリをLEDで誘導する技術を持っていたので、「カモでできる保証はないが、実証実験をやってみませんか?」と双方に提案しました。

実証実験を通して、LEDがカモの誘導に一定の効果があることが分かりました。また、副産物として、LEDが彩る景色を活用した観光実証実験にもつながりました(参考:佐賀新聞「光が導く、調和の海」

この実証実験の時の鹿島市さんの企画、運営のスピードはすごかったです。予算の捻出も含めて、トントン拍子に話しを進めてくれました。

行政とスタートアップが連携しても、双方の文化の違いにより上手くいかないことはよくあります。ですが、鹿島市は圧倒的なスピードで応えた。こういう動きができる市なのであれば、さらに面白い取り組みをできるのではないかという兆しを感じました。

江島:

LEDが彩る景色を活用した観光実証実験は道の駅で1日限定で開催したのですが、冬の寒い時期であるにも関わらず、200人の観光客が足を運んでくれました。

この時に初めて、環境に良い取り組みをしながら、経済活動に結びつけていくということに手応えを感じることができました。

それまでは、基金や補助金・認証に頼って環境を保全するということを考えていたのですが、そうではなく、お客さんからお金をもらうスキームにチャレンジしていきたいと思うようになりました。

地域の持つエネルギーを結集し、環境保全とまちづくりに繋げる、『鹿島モデル』の仕掛け

柳原:

いざ、環境保全と経済活動を両立しながらまちづくりに取り組もうとすると、行政単独で進められることだけでは限界があります。金融機関の皆さん、新聞社さん、地元企業の皆さんなどと幅広く地域全体でタッグを組む必要があります。

でも、当時は地域全体でタッグを組むための仕組みがなかった。「有明海の豊かな海、豊かな生態系を守る」という目標はありましたが、いざ目標に貢献しようとした時に、何をすれば良いのか分からない。市が発信する取り組みに参加するしか方法がありませんでした。

ただ、「環境に良いことをやってね」と言われても、企業や住民は何をすれば良いか分かりません。この状況では、行政主導の状況は変わらない。

行政主導を脱却し、地元企業の皆さんや市民の皆さんの主体的な力を集めるために作った仕組みが、『鹿島モデル』です。

江島:

『鹿島モデル』は、いわばチーム鹿島として環境保全に取り組むための仕掛けです。

まず、鹿島市の環境に立脚した環境評価指標を作成しました。これに基づいて環境評価を行い、共有することで、自分たちの企業や鹿島の環境やまちづくりにどのような影響を与えるのか見えるようになります。

さらに、環境保全と産業両方に好影響を与える事業をつくるための事業化支援も行います。

この『鹿島モデル』に賛同するSDGsパートナー企業は、はじめは40社からスタートしたのですが、現在は約80社と2倍に広がっています。

鹿島では、事業者同士の連携で事業を増やしていくことを大切にしたいと考えているのですが、その共通言語としても『鹿島モデル』は機能しています。

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柳原:

この『鹿島モデル』を入れたことで、主体的に動いてくれる地元企業の数は増加しました。具体的には、「一緒にこういうことに取り組みたい」「こんなことできないかな?」という引き合いが一気に増えました。

みんな鹿島市の環境をよくしたかったんです。でも、やりたいけど環境に良いことのやり方が分からなかった。だからこそ、環境とまちに良い事業のつくり方を見えるようにすることで、みんな動きだしたんだと思います。

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チーム鹿島の力で生み出した、グリーンインフラ日本酒「ごえん」

江島:

『鹿島モデル』によって生み出された代表的な事業の一つに、グリーンインフラ日本酒「ごえん」があります。

「ごえん」が生まれる一番最初のきっかけは、近年の土砂災害の増加です。2020年の大雨で祐徳稲荷神社の橋桁が土砂災害で流されたことは全国的なニュースにもなりましたが、私たち住民にとってもショッキングな出来事でした。

鹿島市には棚田が多数あります。棚田は勾配のある土地につくられるため、そこが休耕し、荒廃地になってしまうと、土砂災害が発生するリスクが高まります。一方で、棚田が機能している状態であれば、土石流が遮られ、下流域の被害を抑える効果があることも分かっています。

そこで、棚田を保全することでグリーンインフラ(自然環境が有する機能を社会における様々な課題解決に活用すること)として活用し、土砂災害の被害を抑えようと考えました。 しかし、お米の作り手さんにお話しを伺うと、お米の買い手がない、あるいは安すぎるために米づくりを継続できないという事実が浮かび上がってきました。

そこで、SDGsパートナーの酒蔵さんに相談をしたところ、「今、酒米が手に入りづらい。棚田のお米を使うことで、鹿島の環境保全につながるのであれば、ぜひやってみたい」と、賛同してくれました。

こうして、市内の2つの酒蔵さんによる、棚田で採れる食用米を使った日本酒づくりの事業がスタートしました。

酒米と比較して、食用米を原料にすると雑味が出やすいそうです。そうした技術的な難しさもある中で、酒蔵さんが試行錯誤を重ねた結果、それぞれの酒蔵のらしさを生かした2つの日本酒が生まれました。

PRは佐賀新聞さん、卸先の紹介は市内金融機関さんに協力をしていただき、SDGsパートナー企業同士の連携の力を存分に生かした形になります。

柳原:

「ごえん」は構想から売り出すまで、約10ヶ月という驚異的なスピードで進めました。

環境保全の取り組みは、「まちづくり」でもあるし「まちを活かす」ことでもあります。環境のことだけを考えるのではなく、「どんなまちでありたいのか」の理想像を持って動けることに、ラムサール推進室の皆さんや江島さんの強さがあると思っています。理想像があるからこそ、地域内でのネットワークが生きるし、スピードも出るのではないでしょうか。

「熱中症ゼロの街」に向けて

江島:

2022年9月に、鹿島市は鹿島市ゼロカーボンシティ宣言を出しました。

また、鹿島市の最終目標として、「子供が外で遊び、生態系が保たれ、鹿島原風景・鹿島の当たり前の生活を持続的に」を掲げています。そこに向けたファーストターゲットは「熱中症ゼロの街」です。

熱中症アラートがずっと出ているので、夏に子どもが外で遊べないんですよ。こんなに山があって、川があって、自然がキレイなのに、悔しいじゃないですか。そんな想いをこめています。

柳原:

このタイミングで改めてビジョンや目標を掲げる意義は、「見据える未来の解像度を上げる」ことにあるのではないかと思っています。

これまでは鹿島市は課題解決型で取り組みを積み重ねてきました。その中で、『鹿島モデル』という仕組みをつくり、パートナー企業も集まり、チーム鹿島として動いていく土壌ができました。こうした中で改めて未来志向で、「鹿島ってどんな街にしたいんだっけ?」を整理した形になります。

江島:

「熱中症ゼロの街」実現に向けては、SDGsパートナー企業の皆さんと数値目標とアクティビティを整理したところです。

企業の取り組みに対して、鹿島市としては「環境評価の実施」「環境投資の可視化」「環境事業の推進支援」にさらに力を入れていく予定です。

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江島:

2023年以降は、これまでの事業規模をはるかに超える規模感で、地域外の企業も巻き込みながら、「熱中症ゼロの街」に向けた挑戦を積み重ねていきたいと思っています。

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